読書感想文『七帝柔道記』:伝統校柔道部のリアリティ

ご無沙汰しています。久々に会った人から、「ブログ更新してよねっ」といわれたので、ちょうど読み終わった本の感想文など。

七帝柔道記
七帝柔道記
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増田 俊也
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読書感想文の前に、作者のブログに「理想的」として貼られていた動画をみてみてくださいませ。

柔道の動画ですが、見てわかる通りグランドでの攻防が中心です。この動画を見て「こんなの柔道じゃない!」と思う人もいるかもしれません。しかしこれこそ井上靖が「北の海」で「練習量がすべてを決定する」と描いた高専柔道、その高専柔道の流れをくむ「七帝柔道」であり、「七帝柔道記」のテーマとなる柔道なのです。

まず「七帝」というのは旧帝国大学のことでして、北から北海道、東北、東京、名古屋、京都、大阪、九州の各大学のことで、この7大学で年に一回夏に柔道の大会を開催しているわけです。それが通称七帝戦。一部の格闘技好きな人なら知っているかもしれませんが、オリンピックで見るような柔道とは異なるルールで行われています。それが先に貼付けた動画のとおり、寝技への引き込みがOKで待てがかからない七帝柔道ルールなのです。ちなみに本書を読めばメジャーな方の柔道「講道館柔道」と「高専柔道」との関係や、高専柔道から七帝柔道への流れなども記載されています。

本書は作者が北海道大学柔道部に所属して、この七帝での勝利を目指すプロセスを描いた私小説です。登場人物やエピソードもおそらくかなり事実ベースに描かれているのだと思いますが、そのためすごくリアリティがある。私も旧帝大ではないですが、それなりに歴史のある大学柔道部で学生時代をすごしましたのでいかにもありそうなエピソードに自らの学生時代を重ねて楽しめました。新入生をだますイベントなんかはやっぱりあるのです。また、ところどころ寝技の細かい記述がありますが、いかにも先輩が後輩に教えそうな表現が見られて興味深いです。

彼らにとっては七帝での勝利こそ柔道人生の、学生生活の最大の目標となっています。(私の所属していた大学柔道部なんて3大学での定期戦が最大の目標だったのです。)こんなのは所詮国立大学柔道部の定期戦であり勝ったって負けたって誰もしらない。だけど彼ら(僕たち)はそういう物語のなかで生きているのです。だからこそオリンピックに出られなくたって、全国大会に出られなくたって柔道に打ち込めるし、恥ずかしい言葉を使えば輝けるのです。とくに七帝で採用される15人戦の抜き試合というのは、弱者にも引き分けという重要な役割が与えられる形式であり、部員全員がそれぞれに意義を見いだすことができるようにできています。ちなみに私の大学で目指していた3大学の定期戦も15人戦の抜き試合だったのですが、印象に残っているのは抜き役が勝った試合ではなく抜き役を引き分けて止めた、あるいは止められた試合ですね。それぐらい引き分けっていうのは重要であり、それゆえ全員がスターになりうる試合になっているのです。

さらに思い至ったのは、作者が所属した北大柔道部だけ、この期間だけに物語があるわけではなく、各大学各年代に、また各部員に物語があるということ。各大学柔道部は年一回部誌を発行しているのですが、分量や筆力の違いはあれ、部員やOBが寄稿する文章も本書で描かれているようにエピソードや試合に向けた思いが込められているわけです。本書を読みながら過去に読んだ部誌を思い出したりしながら、これも伝統を形作っている一端になっているんだとあらためて感じた次第です。別の言い方をすれば本書はよくできた部誌みたいなものかもしれないと思い至りました。

体育会の部活に参加しているなど、作者に近い学生時代を送った人にとってはリアリティを楽しみ、そうでない人は、こんな学生生活もあるのかとカルチャーショックを楽しめる作品だと思います。