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読書感想文『反省させると犯罪者になります』:他人に反省を促す無意味さと害悪について

こんにちは。

最近ときどきネットで目にして気になっていた本「反省させると犯罪者になります」をよみました。おもしろい。昔読んだ「毒になる親」を思い出しました。

反省させると犯罪者になります (新潮新書)
岡本 茂樹
新潮社
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基本的に受刑者や学校での問題行動なんかを例に挙げて話が進むので、そのままだと(こんな本を読むような)善良な人からすれば一部の特殊な人だけに適用される話のように感じられるかもしれません。しかしそうじゃない。そうじゃないことをわからせるために最初に著者が自動車で2度接触事故を起こした経験と心情を告白することでそんな読者をつかみます。

止まっている車に当てたのですから、100%私が悪いのです。(中略)ひらすら「申し訳ありませんでした」「本当にすみません」という言葉を連発します。しかし内心では、このとき相手に対する「謝罪の気持ち」は湧いてきませんでした。

ひでー、と思うでしょうか。大学の先生だった著者はちょうど卒業論文の提出期限ということで提出間際に出来の悪い論文を大量に読まされていて怒りの気持ちで満ちていて集中を欠いていたのです。

私は心の中で「なんで、もっと注意しなかったのだろう」「あ~あ、ついてないなあ…」「だいたいあいつら(学生たち)がちゃんと論文を書かないから、こんなことになったのだ!」「しかし、相手の人が優しい人でよかった」「保険会社に連絡をしないといけなくなった。つかれているのに、こんな夜遅くに面倒だなあ」といったことが、次から次へと浮かんできました。

「問題を起こした直後に謝罪の気持ちを持てる人はいない」これが、著者の思考の原点です。これは犯罪者ややんちゃな高校生だけの問題ではありません。

問題を起こした相手に対してはつい反省を促してしまいます。とくに子供に対する親や教師、犯罪者に対する警察・裁判官・看守はそうでしょう。しかしそれは意味がない。意味がないどころかむしろ弊害のほうが大きい。なぜなら「うわべの反省がうまくなってしまう」からです。うわべの反省がうまくなる、「よくできた反省文」が書けるようになると本当の気持ちを隠してしまうようになります。

「よくできた反省文」の例として、酒井法子さんが覚せい剤の使用で逮捕され、保釈された時の会見について触れています。つまりこれには問題があるということです。

酒井法子被告会見の発言全文 - 47NEWS(よんななニュース) 

この「反省文」の何が問題かは、本書を読むことで見えてきます。 

反省文を書かせちゃだめっていうんじゃ、だったらどうすればいいか。ともかく簡単に反省させないようにしなければならない、ということです。いい悪いを乗り越えて、なぜそのような行動に至ったのかを考える。その際にやってはいけないこと。それは「正論を吐く」ということ。正論は相手を黙らせる力を持っています。黙らせることで内面を見つめる機会を奪います。黙らせてはいけない。責めるような態度ではなく、受容的な態度でその根本を探るようにすることが大切です。

こういった本書の内容に反発を覚える人は少なくないでしょう。子供のころから反省させられてきた人、反省させられないように自律して生きてきた人、それらを通して自分は立派になったと感じている人、こういった人は反発を覚える気がします。しかしそれは「私はこんなにつらくてもがんばってるのにずるいよ」という心の嘆きのように思えます。反感を覚えた人こそ読んでもらいたい。けれども読まないよなぁ。というジレンマです。

⇒ 反省させると犯罪者になります (新潮新書)

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